大方快適なドイツ暮らしですが、ときにはイライラさせられるシーンも。そう、“サービス天国”からやって来た日本人の私にとってはとくに……。
それはドイツ移住後ほどなくの、ある日のことでした。

ミュンヘンの街中の大型雑貨店に立ち寄ると、我が家のキッチンにぴったりの素敵なカゴを見つけました。しかし、そのカゴの中には、ナプキンなどの他の商品が入れられています。勝手にそれらの品をカゴから出してしまってよいものかと迷い、まずは手ぶらでレジへ向かい、女性の店員さんに声をかけました。
「すみません、あそこにあるカゴを買いたいんですけど、中に商品が入っていて……」
すると、彼女はこれ以上ないというくらい迷惑そうな顔をして、こう言ったのです。
「もう閉店時間だから、明日にして!」
……え? 「いま新しいものをお持ちしますね」なんて対応をしてもらうつもりだった私は耳を疑いました。私、それほど面倒なお願いをしたっけ? しかも閉店時間まではええと、あと10分もありますが……。
「でも、今ほしいんです。じゃあ中のものを出して持ってきていいですか?」
なんとか言葉を返すと、
「私はそのコーナーの担当じゃないから何とも言えないわ!」
と、彼女の不機嫌さはつのるばかり。目線はもう私の後ろのお客さんへ向いています。私はショックを受けつつ、せめてもの「信じられない」という表情を返し、納得できない思いを抱えたまま帰宅することになったのです。

……と、まあこれはほんの一例。
ドイツではこんなのは日常茶飯事だということに気づくのにさほど時間はかかりませんでした。近ごろではハイハイまたその感じですね、とあきらめたり、ときには頑張って抗議したりできるようになりました。
とはいえ、「お客様は神様!」なサービス天国・日本と比べてしまうと、ドイツのぶっきらぼうな接客や利用者が不便を強いられるシステムにはやはりストレスが溜まります。
(私の住むバイエルン州はとくに接客態度が悪いのだと夫談。といっても、ほかの国と比べるとこれでもマシなほうなのでしょうけれど……。そして、言うまでもないことですが、気持ちのよい接客をしてくれる人ももちろんいます)
あるときには、日本からはるばるやって来た姪っ子によく似合う服を旅先で見つけ、買ってあげようとしたときも「もう閉店よ!」。でも、ここは叔母のコケンにかけて頑張りました。「ほしいのはそのショーウインドーのものだけです! 3分もかかりません!!」と毅然として言うと、「あら、そう……?」と案外あっさりと譲ってくれてホッ。

こんな風にカッカさせられるのはお店でだけではありません。
「僕の仕事じゃない」と言い切る役所の人。
学校や事務所へたしかに届けたはずの書類の紛失。
財布を握りしめたまま延々と待つレストランの支払い。
ずっと家にいたのに、いつの間にかポストに入っている宅配便の不在通知。
いつまでたっても届かない、問い合わせメールの返答(かと思うと、別の人から2回届く)。
ああ、ちゃんと来ないトラムやバス、大幅な遅延が当たり前の電車なんかも……と挙げればキリがありません。
とにかく、ドイツには、移住前には想像できなかったサービス砂漠が広がっていたのでした。

でも、この砂漠にはオアシスが。この国ではそう、「働く人」がエライのです。お客さんのほうが、「働く人」のルールに合わせなくてはいけないのです。つまり、自分が働く立場になったときには、同じようにぶっきらぼうに……とまでは言わないまでも、過剰にストレスを感じることなく、自分の仕事だけを勤務時間内に全うすればよいのだという安心感があるのではないでしょうか。
……って、家でひとりコツコツとパソコンに向かっている私は、あまりその恩恵も受けられないのですが……。
溝口シュテルツ真帆
編集者、エッセイスト。2014年よりミュンヘン在住。自著に『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』(講談社)。アンソロジー『うっとり、チョコレート』(河出書房新社)に参加。日独をつなぐ出版社、まほろば社(Mahoroba Verlag)主催。『ドイツで楽しむ日本の家ごはん』が好評発売中!twitterアカウントはこちら→@MMizoguchiStelz