今やスイスの国家的楽器となったアルプホルンは、アルプスで牛飼いたちがコミュニケーションのために吹いていた「笛」だった
「アルプ(Alp)」とは「農場」という意味。その複数形が「アルペン(Alpen)」で、牛たちが夏を過ごす山の上の牧草地を表す。
アルプホルン(Alphorn)は、その高山牧草地の間で羊飼いや牛飼いの牧夫や牧童がお互いの意思伝達や谷底に住む家族とのコミュニケーションのために編み出した道具だった。
アルプホルンは、牛を牧草地から畜舎の搾乳地への呼び戻す合図としても使われていた。

しかし、アルプホルンは、1800年以降、衰退の一途をたどった。高山牧草地(アルプ)で伝統的な手法でチーズ作りをしていた人たちが、山麓の共同酪農場に作業場を移したからだ。
アルプホルンの消滅を危惧した当時のベルン州知事のニクラウス・フォン・ミューリネン(Niklaus von Mülinen) は、目をつけた奏者に無償でアルプホルンを配り、奏で方を身につけてもらった。本来の意思伝達ツールとしてのアルプホルンはアルプスから姿を消していったが、1827年に音楽学者のジョゼフ・フェティ(Joseph Fétis) がアルプホルンを「スイスの国家的楽器」と称してからは、スイスを象徴する楽器の一つとして愛される存在になった。
フォークロアや観光業が盛んになると、アルプホルンはスイスのシンボル的存在へと一気に跳躍した。

アルプホルンで奏でることのできる旋律は、その長さによって違う。スイスで主流なのは、3.5メートルのFisとGesのアルプホルン。

簡単な構造の割にというべきか、だからこそと言うべきか、アルプホルンを演奏するのはなかなか難しい。なぜなら、音の違いを弁なしで奏でなければならないから。
今日のアルプホルンは、牛のツノのような、長い円錐形の筒に成形されているが、1930年代までは、山の険しい斜面に生えた、若い、湾曲した松の木がそのまま楽器として使われていた。

アルプホルン奏者が所属するスイスのヨーデル協会によると、現在では、スイス内外に約1800人のアルプホルン奏者がいて、その数は増加傾向だという。日本にも奏者がいる。

アルプホルン奏者の出番は、連邦ヨーデルフェストや、毎年ナンダ(Nendaz)で開かられる国際アルプホルンフェスティバルのような、スイスの伝統的なお祭りだ。
アルプホルンの音色を実際に聴いてみよう!
こちらは伝統的な調べ
アルプホルンでファンクやジャズを奏でるEliana Burkiの演奏。
伝統楽器と新しい音楽を奏でるEliana Burki

アルプスの山の上で、アルプホルンでビートを刻む。オーストラリアの民族楽器ディジュリドゥのような響きが面白い。