スイスの女子プロテニスプレーヤー、マルチナ・ヒンギス。頂点とドン底を経験した彼女の現在は?

「ミス・パーフェクト」とも呼ばれたマルチナ・ヒンギス(Martina Hingis)は、1980年生まれのチェコスロバキア(現スロバキア)出身。

ともにテニスプレーヤーだった両親のもとに誕生し、その名は伝説的なテニスプレーヤー、マルチナ・ナブラチロワ(Martina Navratilova)からつけられたという。2歳にしてラケットを握り、初試合は4歳。まさにテニスの申し子だ。
彼女が7歳のとき両親が離婚し、母親とともにスイスのサンクト・ガレン州へ移住。その後もテニスの才能をめきめきと伸ばし、14歳でプロテニスプレーヤーとなった。
ほかのプレーヤーたちがパワーを重視していたのに対し、彼女はずば抜けた戦略で圧倒。16歳で史上最年少の世界ランキング1位に輝き、約4年間にわたり、女王の座を守り続けた。
しかし、その後の成績は伸び悩み、2007年、薬物検査でコカインの陽性反応が出たことをきっかけに、シングルテニスプレーヤー歴についに終止符を打つことになった。
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出典: Wikipedia CC BY 2.0

一方プライベートでは、フランス人の馬術選手、ティボー・ユタン(Thibault Hutin)と2010年に結婚したものの、3年後に破局。彼は、結婚生活中にヒンギスが少なくともふたりの男性と浮気をしていたと彼女を非難。浮気現場を目撃したこともあるというから、その修羅場は想像に難くない。

その後、離婚の話し合いを進めていた二人だが、ある日、ユタンは、ヒンギスと彼女の母親、母親の男友達の三人から腕や頭を殴られるなどの暴力を受けたという。ユタンが警察に被害を訴えたことから、ヒンギスも事情聴取を受ける始末となった。真偽のほどは定かではないが、ユタンは身の危険を感じたそうで、即、母国フランスへ帰国。いまなお二人は離婚には至っていない。
コカインに続き、私生活からも悪いイメージを世に与えてしまったヒンギスだが、元「天才少女」は、近年、再びコートに戻ることでその苦難な状況から脱出した。
2013年、ヒンギスはダブルスの選手として復帰。2015年には全豪オープンやウィンブルドン、全米オープンで優勝を果たし、現在世界1位の実力を誇る。「ミス・パーフェクト」は、再び輝きを取り戻したのである。
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出典: Facebook