待ちに待ったアーノルド・シュワルツェネッガーのターミネーター復帰。実に12年ぶりの出演となる。21歳に渡米し、さまざまなビックドリームを叶えたアメリカンドリーマーのシュワルツネッガー。栄光の裏で彼が守り続けてきたのは純粋な愛郷心だった。
予告動画もあっという間に1千万回を突破するなど、公開前から高い注目を浴びたターミネーター第5作 - 『ターミネーター: 新起動/ジェニシス』 (Terminator Genisys) 。
あまりにもターミネーターのイメージが強いことから忘れてしまいがちだが、シュワルツェネッガーはオーストリアの南部にある小さな町タール・バイ・グラーツ出身の生粋のオーストリア人である。
シュワルツェネッガーの生家。2011年から「シュワルツェネッガー博物館」として公開されている。
実はターミネーターの名台詞-”I’ll be back.”も、シュワルツネッガーの英語があまりにもオーストリア訛りだったことから台詞を最小限にしたいという制作側の思惑から生まれたものだった。ターミネーター1作目でのシュワルツネッガーの台詞の数は、わずか17センテンス、文字数にして70字だけだった。
警官だった厳格な父のもと、豊かな自然に囲まれた環境で育ったシュワルツェネッガー。カーリング競技のチャンピオン選手だった父の影響もあってか、幼いころから沢山のスポーツに打ち込んだ。14歳の頃、サッカーのトレーニングとして始めたウエイトトレーニングに夢中になり、15歳から彼の関心はボディビルに集中する。1968年、本格的にボディビルをするために21歳で渡米。プロ・ボディビル界の最高峰とされるMr.オリンピアでも6回の連続優勝を果たした。
こちらが別名「オーストリアン・オーク(オーストリアの樫の木)」と言われた鍛え抜かれた肉体美とトレーニング風景
数々の輝かしい栄光を得たシュワルツェネッガーだったが、オーストリアへの愛郷心はずっと不変だった。機会があれば帰国し、地元のテレビ番組などにも出演。
1982年、ウィーンのテレビ番組でユーモアたっぷりのシュワルツェネッガー
2011年にも故郷への愛をドイツ語で語った。
スピーチの中で彼が愛する故郷のものを5つ挙げた。
1つ目は何と言っても 芳醇な香りと豊かな味わいのコーヒー
そして、次に挙げられたのが意外にもモーツアルトの音楽。
3つ目にオーストリア名物のカイザーシュマーレン。
4つ目は、パンプキンシードオイル
深緑色でナッツ風味のパンプキンシードオイルをオーストリアではサラダや冷菜によく使う。
三部作構成の「ターミネーター新起動」。2018年に最終章が公開されるころには、アーノルドは70歳を超えていることになる。彼は一体どこでどんな余生を送ることになるのだろうか。ひょっとしたら故郷のオーストリアに帰ってくることもあるのかもしれない。
5つ目はジューシーなウィーナーシュニッツェルです。